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「阿川さんだ」  阿川というのは、詩織のクラスメイト。  真っ黒で艶やかな長い髪に、透け通るような白い肌。  華やかな容姿を持つ彼女は、遠目から見ても、一際目を引く。  頭脳明晰で生徒会役員もしている阿川と、外見も見た目も地味な詩織とでは、クラス内で親しくしている友人達も当然違う。  二人が学校で話すことなど殆どない。  特に仲がいいわけでもないので、声を掛けるのも戸惑われた。  目の前を行き交う車の合間に見える阿川の凛とした姿に目を奪われていると、ふいに『通りゃんせ』のメロディーが鳴りだした。 「あれ? まだ信号、変わっていないのに……」  ここは主道路横断用のみ、信号機に音響装置が付いている交差点。  だが、今、青信号なのは従道路の信号機の方である。  不思議に思い、あたりをキョロキョロと見渡した瞬間、劈くようなブレーキ音と悲鳴が響いたと思いきや、ダンッという低い衝撃音がその場にいた人達の心臓を跳ね上がらせた。 「きゃぁぁぁ」 「人が撥ねられたぞっ」 「きゅ、救急車っ」  辺りが騒然とする中、詩織は初めて目にする事故のショックで、体が固まったように動かなかった。  ボンネットが凹み、フロントガラスが割れた痛々しい姿の車から、運転手が何かを叫びながら飛び出し、頭を抱えている。  数メートル先に飛ばされ、顔面から地面に叩きつけられた人は、ピクリとも動くことはなく、アスファルトに赤い染みを広がらせていく。  目前に広がる生々しい景色を脳が受け入れることを拒否しているのか、詩織の耳は、人々の声も車の騒音も、全てがノイズのように聞こえ、黒いアスファルトに散らばったガラスの破片が車のライトに照らされるたびに、キラキラと輝き、まるで星屑が地面に落ちたような錯覚を引き起こさせた。  黒と赤と光りの狂宴が網膜に焼きつき、全身に血液が激しく流れる。  ドクンッドクンッと鼓動が高鳴る。  詩織は、これが死と対面した恐怖からなのか、それとも、別の感情からなのかは分からなかったが、いつの間にか『通りゃんせ』は消え、かわりにサイレンの音が近付いてきたことに気が付いた。  辺りを見回すと、いつの間にか人だかりが出来ていた。  しかし、その中に阿川の姿はどこにもなく、ポツリポツリと降りだした雨によって、野次馬の群れもサァーと捌けていった。
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