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 咄嗟に目を瞑る詩織の鼓膜を震わせたのは、ドンッという鈍い音の中に、ゴキッという嫌な音が混じった、不吉な音色。  そして、床や壁を揺らすほどの悲鳴があちこちから上がった。  肩を縮こませ、その場に立ち尽くしていた詩織が、ゆっくりと瞼を開けると、階下には藤崎が首や手足を不自然な方向に曲げた格好で、倒れていた。 “まるで、糸の切れたマリオネットのようだ――”  不謹慎ではあるが、詩織は、自分が目にしているモノを、自らの妄想の中へと溶け込ませ、赤い花が咲き誇るお花畑の中で眠る、壊れた人形をイメージさせることによって、惨たらしい現実から逃避し、なんとか心の均衡を保とうとしていた。 「ちゃんと忠告したのに。クリームの油で滑りやすいって」  取り乱さないよう必死になっている詩織の耳に届いたのは、やけに冷たい阿川の台詞。  滑りやすいと分かっていて、慌てさせたのも阿川。  そして、駆け出した彼女のバランスを崩させたのも――阿川。 “まさか?”  思わずハッとなって彼女の顔を見る詩織に、阿川は再び「作られた」笑みを向けた。 「桜といい、花火といい。日本人って儚いものに美しさを感じるけれど、一番儚いものって、人の命だと思わない?」  小首を傾げる阿川の言葉に、詩織が頷くことが出来ずにいると、小さく息を吐き、「貴女はこっち側の人かと思ったのに残念ね」と言って、彼女は倒れている藤崎へと、ゆっくりを足を踏み出した。 「今度のコンクールに出展する絵。楽しみにしているわね」  詩織の横を通り過ぎる時、そんな言葉を呟いた阿川の目が嬉々としていたことに、背筋がゾクリとした。
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