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ようやく描くものが決まった詩織は、複雑な想いを胸の奥深くへと閉じ込め、目下の目標である絵画コンクール出展作品に意識を集中させた。
「中島。もう遅いから帰れよ」
大きな音をたてて扉を開けた顧問の、呆れたような声によって、詩織はようやくキャンパスから顔を上げた。
一体、今は何時なのだろう?
窓の外は薄暗くなっていた。
室内を見渡すと、詩織と顧問以外誰もいない。
いつの間にか、部員は全員片付けも終えて帰ってしまったらしい。
「すみません。下校時刻は……」
「ギリギリだ。早く片付けて帰れよ。俺が施錠しておくから」
恐る恐る顧問の顔を伺うように時間を聞こうとすれば、さっさと帰りたいのか、被せ気味に返事をする。
背中に「喋る暇があるなら、さっさと手を動かせ」とでもいうような冷たい視線を感じ、急いで筆を洗い、画材道具をしまうと、「遅くまですみませんでした」と言って、足早に部室から立ち去った。
陽は沈む時は一気に大地に呑まれる。
美術室から見た空は、まだ薄っすらと赤味がかった色をしていたが、校舎から出ると、既に夜の闇が辺りに充満していた。
詩織が通う道は、もともと交通量も少ない上に、時刻は一般的に夕食前。
人通りも殆どない。
住宅街を歩いている時は、窓から漏れる明かりや街路灯で、そこそこの明るさが保たれているので、不安になることはないのだが、徐々に家が少なくなっていくたびに、暗さが増していく。
数百メートル進めば、まだ記憶に新しい事故現場を通るかと思うと、夜の闇が深まるのと相まって、重々しい雰囲気に包まれる。
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