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 ふと前を見ると、腰の曲がったお婆さんが、道路を横切ろうとしていた。  数十メートル先には、横断歩道も信号機もあるのだけれど、そこまで行くのが億劫なのだろう。  左右を確認し道路へと足を踏み出した。  この道は幅が広く、よく大型トラックも通る。  一見、見通しがいいように見えて、すぐ先にはカーブがあり、そこから猛スピードで車がやってくることも多々ある。  お婆さんの歩く速度では、渡り切るまでに結構時間がかかる。 「危ないなあ」  ヒヤヒヤしながら彼女の動きを見ていると、案の定、カーブミラーには、ヘッドライトの明かりが小さな点のように見えた。  どんどん大きくなる二つの光は、トラックらしき物体が物凄いスピードで走って来ていることを示していた。  とはいえ、お婆さんも、もうあと少しで道路を渡り切るところ。  事故になることはないだろうと思っていると、「お婆さんっ! 何か落としましたよ!」という女性の声が響き渡った。  まっすぐ進んでいたお婆さんは、その声に反応し、体ごと振り返った。  老人になると、注意力が一つの物事にしか集中出来なくなる。  その為、一度、安全な場所へと渡り切ることが先決だった筈の彼女は、たった今、与えられた新しい情報――『自分が何かを落としたのかもしれない』という部分にだけ意識が集中してしまい、自分の足元ら辺をキョロキョロと見渡しながら逆走した。  真っ直ぐ道を渡り切ると思っていた老婆の、予想外の行動を誰が予測できただろうか?  猛スピードでカーブを曲がって来たトラックの運転手は、フラリと車道に戻って来たお婆さんの姿を見るや否や急ブレーキを踏み、ハンドルを大きく切ったが間に合わない。  耳を塞ぎたくなるような凄まじいブレーキ音とドンッという衝撃音。  勢いよく吹っ飛ばされた黒い影が、地面に叩きつけられるまでの僅か数秒にも満たない時間が、まるでコマ送りのように詩織の網膜に焼き付いた。
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