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「おーい、お前ら。そろそろ帰れよ」
雷のような激しい音を鳴らして扉が開いたかと思えば、滅多に顔を出さない顧問が美術室に入って来た。
時計を見ると、まだ17時半。
最終下校時刻は19時なので、まだ早い。
美術部員はこの時期、コンクールの出展作品を作成しているので、下校時刻ギリギリまで作品に打ち込みたい。
普段、ロクに指導すらしない癖に、早く帰れとだけ言いに来る顧問に対し、内心、腹が立っている部員たちは、口には出さないものの、『まだ続けさせてください』という意味を込めて顧問の顔を見つめた。
「おいおい。そんなに睨むなよ。俺だって、お前たちの邪魔なんかしたくねぇよ」
気弱で怠惰な教師は頭をボリボリ掻き、面倒臭そうな声を出した。
「ただな。集中豪雨で電車が停まるかもしれねぇから、雨が降りださないうちに、全員帰宅しろっつーお達しが出たんだ。家に帰れなくなる前にさっさと帰れよ」
彼の言葉を受けて、全員が窓の外を見る。
いつの間にか、湿気を含んだ重々しい雲が空を覆い隠していた。
確かにいつ雨が降りだしてもおかしくはない。
電車通学や自転車通学の部員たちは、慌てて画材道具を片付けだす。
そんな中、部長である中島詩織は、まだ何も描かれていない真っ白なキャンバスを手に取り席を立つと、「それじゃあ、先生。施錠をお願いします。皆、先に帰るわね」と、浮かない顔をして美術室を後にした。
彼女は焦っていた。
部員たちが作品を描き進めていく中、自分一人だけが全くの手つかずどころか、描きたいものすら見つからない状態。
休日にはあちこちに出掛けたり、美術館や映画館に訪れたりして、感性を刺激することに努めていたのだが、これといってピンッとくる題材もアイディアも浮かばない。
小さな溜息を吐き、自宅までの道をとぼとぼと歩いていると、いつの間にか大通りまで出て来ていた。
赤信号で立ち止まると、車の往来が激しい道路の向こう側に、詩織は見知った顔を発見した。
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