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お寺に入って二年余りになろうとした頃、運慶は、ミツ姉の夢を見てしまった。夢の中で、ミツの肩や背中、うなじ、絹のような肌をまじまじと見てしまった。実際には、見たことはない。目が覚めて、薄い褥の上で、周囲をみると、まだ夜半にもなっていない様子である。横になったまま目を開けていた。お寺に入ってから、ミツ姉には会っていない。造仏所にも戻っていない。奈良の街中で、造仏所の仏師や仏工とたまたま鉢合わせすることはあったが、ミツには会っていなかった。
夢の中のミツ姉は、以前に見たよりも年かさが増し、女ざかりのように思えた。運慶は、頭の中がもやもやし始め、再び眠れることがなかった。前にも、時折、ミツ姉に会いたいものだ、と思ったことはあったが、いつも身体のどこかに傷やあざができて痛かったり、精神的にカッカしていて、「女」のことなど頭からさっと消えていたのかも知れない。
朝になっても、ミツ姉のことが頭から離れない。他の堂衆に、作務中、「何、ボヤッとしている!」と嗾けられるのだが、運慶は一人、離れて松ノ木の下に座り込んだりした。
「だめだ。会いたくてガマンできん。」
運慶は、皆が夕餉の片付けをしだした頃、内緒でお寺をすっと出た。運慶は、急ぎ足で一条大路を西に向かい、法華時の西から歌姫の在所に向かった。さらに急ぎ足でミツが暮らす小屋に走っていた。小屋の大戸口はすでに開かなかった。ただ、裏に廻れば、中に入れる。
物音にミツは気づいた。
「誰。」
少し、びっくりしている。
「オレだ。」
「運慶・・様?」
「そうだ。 ミツ姉か、いてよかった。」
「何かあったのですか。お寺を出てきたのですか。」
「いや・・何も。」
明かりはない。月は雲間に出ていたかどうか。ほとんど真っ暗である。
運慶は言った。
「急に、ミツ姉に会いたくなったのだ・・。」
その意味を伝えられているかどうか。
ミツは、何かあったのでは、と心配ししたが、様子を感じとり嬉しくなった。
「運慶様、もしかして・・。」
運慶は、暗がりの中でミツ姉を抱いた。ミツは、理解した。
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