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父康慶は、成朝をよく知っているだろうが、運慶は、まだ造仏所の正式な仏師の扱いになっていなかったために、きちんと挨拶したことすらなかったのである。
「はは、堅苦しゅうするでない。何か、悩んでおるかの。」
「いえ、そのようなことでもござりませぬ。ただ・・。」
「ただ、なんじゃ、そなたのような技を持つ者に教えることなどないがな。」
「重源様、我等仏師というは、御仏を形造る者にござりますが、御仏の形の良し悪しとは、我等が仏師の手技によるものでございましょうや?」
成朝は、重源の願ってもない心遣いに、おそらく思い切った質問をしてみたものであろう。思わず、運慶もゴクリと、唾を飲んだ。
「ほほう、そなたとも思えぬことを申すの。」
運慶も考えた。御仏の良し悪しを決めるのは、その堂塔での位置付けや由緒やその御仏の集める信仰の度合いによるだろう。仏師の手技は高いに越したことはないが、高ければよいというものでもない。高ければ、多くの依頼主から数多くの造仏の仕事が来るだろうが・・。
「おう、そういえば、ちょうど良い若者もこの場におるようじゃ。ちょっと待て。」
重源は、そう言って、こちらを向き、運慶に向かって手招きした。
「は? 俺?」
運慶は、目を丸くしながら左右と後ろを見渡し、そばにある太い柱の反対側にも誰もいないか、身を乗り出して覗いて見たが、誰もいない。
重源は、自分に指をさしてる運慶を見て、
「おう、そちじゃ、そちは康慶殿のところの運慶であろう。」
「え、なんで、俺の名をご存知なので?」
運慶は、いい加減な言葉遣いで、怪訝に思いながら、二人に近寄った。
「知っとるも何も、そちは興福寺でさんざん暴れているそうではないか。いつぞや、儂が行った折にも、長老殿に長々とお灸をすえられておったではないか。ははは。」
運慶は、まいった。
「どうじゃ、運慶。そちはどう思う。御仏の尊さと造仏の技とはどのような関わりかの。」
運慶は、まいった。造仏に関することでなければ、知ったことか、と悪態をついてこの場を去るところだが、ことは自分の生業にかかわることであり、主家の成朝を蔑ろにもできない。
こうなる前に成朝を、何をしているのだろうと眺めてしまった手前、今さら悪びれるわけにも行かない。かと言って、さすが康慶の息子だといわれるような気の利いたことも思いつかない。
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