第46の扉「灰をかぶったネコの記憶」

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 どうしてそんなことを口にしたかと言えば、せめて撮影までのあいだに、せっせとダイエットでもしておきたいと思ったからだ。彼の「カノジョ」として、すこしでも恥ずかしくないように……という思いもアタマをかすめたけれど、ノドもと過ぎればなんとやら、そんなことはすぐに忘れてしまった。私は夏のあいだも、相変わらず、よく食べ、よく眠った。夏休みは、天草塾の合宿がおもなイベントとなり、その間、運動らしい運動もしなかったから、さらに私のからだは、ぬくぬくと、なりたい放題、ふとりたい放題に、ふくらんでいった。お風呂あがりの自分のすがたを鏡に映して、こう思う。 (ほんと、ふくよかで、しあわせそうだわ)  こういう体型の人を「美人」と呼んでくれるオトコたちが暮らす国に引っ越すべきだわ。きっとそこでは、ステキな王子様が、片膝をついて花束を捧げながら、こう言ってくれる。 「ああ、なんと、ふくよかで、しあわせを運ぶような美人だろう」  そして私は王子様のプロポーズを受け入れて、一生、ダイエットとは無縁の生活をつづける。よく食べて、よく眠って、よく肥えて、ふとればふとるほど王子様に愛してもらって、しあわせに満ちた生涯をすごすのだ……  と、いう妄想は、一通のメールで、ぱん!と音を立ててはじけた。 《そそそろ、受験のための映像製作に取りかかろうかと思うけど……》  ああ、来てしまった、そのときが。三か月の執行猶予を終えて、私を処刑台へと導く通達が届いてしまった。彼……広夢が製作する映像作品のタイトルは、必然的に、こう決めてもらうことにしようか。 《ふくよかで、しあわせを運ぶオンナの像》……
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