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ガチャン、と玄関のドアが開く音がした。バサバサと荷物を下ろす音が続き、キッチンで水を流す音がする。服を脱ぐ衣擦れの音が聞こえた後、少しの間静かになった。
この間、数分。広いベッドの上に座るわたしは深呼吸をして〝儀式〟に備える。
寝室の大きな天窓から見える宵空を見上げていると足音がこの部屋に近づいて来、ドアが開いた。振り返ると薄暗いこの部屋にリビングの明かりが差し込んでいた。
わたしは、眩しい光を背にワイシャツ姿でネクタイを緩めながら立っている長身の彼をベッドの上で迎える。
「おかえりなさい」
「ああ」
彼は解いたネクタイをシュッと抜き取り、ワイシャツのボタンを幾つか外しながら部屋に入ってきた。
薄暗さの中に逆光の眩しさが交わる照度に目が慣れてくると彼の表情が認識できる。端麗な顔に浮かべた口の端をほんの少し上げたニヒルな笑みは感情を隠す鎧だ。彼が今どんな気持ちでそこにいるのかは分からない。
ベッドの傍に来た彼は、わたしを見下ろし、低く冷たい声で言った。
「横になって足を開くんだ」
あらかじめ、全てを脱いでいたわたしは横になり、膝を立て、足を開いた。
これは〝儀式〟。〝儀式〟なの。
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