鬼縁

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世に天才と称される者は 大様にして時に暴力的なまでの狂気を帯びているもので、 倫理や道徳 そして常識や固定概念に囚われず、 自分だけの概念や価値観でもって 独自の世界を形成し、 凡人では感知しえない領域の森羅万象を 具象化しているのだという。 だがそれも経験が伴わなければ 拙い妄想の産物に過ぎず、 いくら奇抜で幻妖であっても それは視覚的に訴えるのみであり、 頭の中だけでなく 行動によって自らの狂気を体現し得た者にしか 人の奥底に眠る激情を呼び起こすことはできない。 イデオロギーで築かれた地層に埋もれた 化石では燃料にしかなれず、 カビの生えた聖書を崇め、 スモッグに覆われた社会通念の中で 暮らしていては辿り着けない世界。 道理を逸脱し、 人々の理解の外に飛び出した 異端からこそ新たなる芸術は生まれるのだと 部屋に飾られた絵の群れに 視線をさまよわせ、 医者は大仰に、 そして声高に語った。
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