おまけ 腐祥事のその後

24/39
前へ
/193ページ
次へ
 抱きたい――。井上は、ハッキリそう言ったのだ。  話なんか、穂積にはない。もう一度二人で飲みに行ったら、することなんか――やりたいことなんか、たった一つだ。  井上に、抱かれたい。  穂積は深呼吸した。大きく息を吐き出した後は、捜査一課管理官の顔を作る。氷の無表情の仮面をつける。 「俺には、話なんかないです」  もう二度と井上と目を合わせるものか、と何度も読みこんだ書類に、懲りずに視線を落とす。  しかし、あ! と井上が上げた声に、まんまとつられて顔を上げてしまった。  車は、北荒間の端までやって来ていた。風俗街から外れたそこには、何軒ものラブホテルが建っている。  井上が、窓の外の猥雑な景色に――ニヤけていた。 「管理官って、ラブホとか行くんですか?」 「……はい?」 「それとも、お洒落なシティホテルとかでデートするんですか? ま、そういう俺も、ラブホなんかもう十年近く行ってないかなかぁ」  井上は、性に興味津々の中学生のように、ラブホテルの群れに目を輝かせている。  呆れ返った穂積は油断して――小さく笑ってしまった。  穂積が笑うと、井上はなにより嬉しそうに笑った。  頼むから、そんな優しい目で自分を見ないで欲しい――。それは、穂積の切実な願いだった。     
/193ページ

最初のコメントを投稿しよう!

142人が本棚に入れています
本棚に追加