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抱きたい――。井上は、ハッキリそう言ったのだ。
話なんか、穂積にはない。もう一度二人で飲みに行ったら、することなんか――やりたいことなんか、たった一つだ。
井上に、抱かれたい。
穂積は深呼吸した。大きく息を吐き出した後は、捜査一課管理官の顔を作る。氷の無表情の仮面をつける。
「俺には、話なんかないです」
もう二度と井上と目を合わせるものか、と何度も読みこんだ書類に、懲りずに視線を落とす。
しかし、あ! と井上が上げた声に、まんまとつられて顔を上げてしまった。
車は、北荒間の端までやって来ていた。風俗街から外れたそこには、何軒ものラブホテルが建っている。
井上が、窓の外の猥雑な景色に――ニヤけていた。
「管理官って、ラブホとか行くんですか?」
「……はい?」
「それとも、お洒落なシティホテルとかでデートするんですか? ま、そういう俺も、ラブホなんかもう十年近く行ってないかなかぁ」
井上は、性に興味津々の中学生のように、ラブホテルの群れに目を輝かせている。
呆れ返った穂積は油断して――小さく笑ってしまった。
穂積が笑うと、井上はなにより嬉しそうに笑った。
頼むから、そんな優しい目で自分を見ないで欲しい――。それは、穂積の切実な願いだった。
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