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泉は、父に似て恋愛に奔放だ。弟の穂積と違って、気持ちを隠さず、素直に感情を表す。女性との恋愛経験の方が多いようだが、人生で一番の大恋愛は、川原との恋だったと、臆面もなく弟に打ち明けるほどだ。
父にちゃんと聞いたわけではないが、父方のどこかでイタリアかフランスの血が入っているのでは、と穂積は思っている。
穂積は仕切り直すように、兄の膝をポンと叩いて、座り心地の良いシートから腰を上げた。
「とにかく、松田さんのマネージャーと会わせて。直接話を聞きたいから」
「ああ、そうだね。そっちが本題だった」
泉は本来の用事を忘れているようだった。ペロッと舌を出して笑う姿は、四十を過ぎた男のものとは思えないが、似合っているからしょうがない。
穂積は苦笑いし、先に車を降りた。続いて降りてきた兄は、松田のマネージャーと電話していた。電話はすぐに終わり、今からこちらにやって来ると告げた。
穂積は、わかった、と答え、なんとはなしに腕時計で時間を確認した。
「……デレク」
久しぶりにそう呼ばれ、穂積は驚いて顔を上げた。
兄と――父は、大事な話がある時に、穂積をそう呼ぶ。若くして殉職した、穂積たちの祖父と同じ名を。
「デレク、俺はね、今でも後悔してる。二十年前、仕事を選んで……川原さんと別れたこと」
兄は、真剣な目をしてそう語った。
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