おまけ 腐祥事のその後

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 ミラー越しの井上を見つめる穂積の薄茶の瞳が、大きく見開かれる。  穂積は、井上を見くびっていた。井上は色恋に疎いと勝手に思っていたが、そうではなかったらしい。  しかしよくよく考えれば、捜一の優秀な刑事である井上が、恋愛事に鈍いわけはなかったのだ。事件捜査において、被疑者の男女関係を徹底的に調べることは、基本中の基本だ。そもそも事件の動機の多くが、恋愛沙汰だ。 「それは……どういう意味ですか?」  穂積は動揺と感心をひた隠し、無表情で訊き返した。井上は、少し迷った後、続けた。 「俺、ずっと……あの夜からずっと考えてました。管理官、なんで俺なんかとキスしたんだろって。なんでキスして怒らなかったんだろって。それで……思ったんです。管理官って、小野寺と同じタイプなのかなって。どっちもオッケー、みたいな」  やはり井上は、穂積が思う以上に敏い男だった。そんなところが、部下としても――男としても、魅力的に感じて、自分が嫌になる。  穂積は悲しげに目を伏せ、井上の視線を避けた。  晃司のように、男女どちらも恋愛対象になるのではなく、男しかダメだと、男しか愛せないと井上に打ち明けなければならないのが――苦しい。 「すいません、俺、立ち入ったことズケズケと……」     
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