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「ウソ!」
思わず大声で訊き返した。穂積の白い顔が、青ざめていく。
「まさか……俺のせいで……」
「違います。管理官はまったく無関係です。さすがに俺も、職場の上司とキスしてきたなんて嫁に話しませんよ」
井上は穂積を安心させるように、おどけた苦笑いを浮かべた。どう見ても無理しているのがわかって、穂積は胸を痛めた。
井上は、浮気を妻にペラペラと喋るような馬鹿な夫ではないと思うが、それでも妻なら――女性なら、なにか感じたのではないだろうか。
夫の気持ちが他の誰かに浮ついていることを、妻なら勘づくのではないか。
しかし井上はもう一度、管理官は関係ないんです、と強く言い切った。
「もう限界……て言われました。一人で子供を育てて、いつ帰ってくるかわからない俺を、ただ待ってるのは」
悲しい言葉の数々に、結婚したことのない穂積でも痛みを覚えた。
「この前の……連続銃撃事件で荒間署に詰めてる時に嫁から、娘が寝返りしたよってメッセージが来て、動画が送られてきたんですけど……俺、その動画見たの、三日後だったんです」
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