エピローグ 尾崎隼杜

1/1
192人が本棚に入れています
本棚に追加
/634ページ

エピローグ 尾崎隼杜

母さんが退院して、一ヶ月が過ぎた。 母さんは、あの男と完全に別れたみたいだ。 最初の頃は何度かあいつが自宅に電話をかけてきたけど、母さんはすぐに電話番号を変えてしまった。  別れ話は全部、外ですませてきたようだけど、それでも思い出したように突然、涙ぐんで 「隼杜にも嫌な思いさせて、ごめんね」 なんて殊勝に謝ってきたりする。 そんなことより俺が嫌だったのは、「ニサト」とか「ルイマー」とか「サトニィ」とか、変なあだ名で呼び合う茶番と、俺に抗酒薬なんて飲ませやがったあいつの陰湿さだ。 俺が隠れて酒を飲んでいるのが気に食わないなら、口で注意すればいい。 それを、俺の飲むジュースに薬を混ぜるなんてやり方で、便器に顔を突っ込んで吐き気にのた打ち回る俺を見下ろして 「どうだ、二日酔いっていうのは、こんなに苦しいんだ。  お前も酒が毒だってことをよく覚えておけよな」 勝ち誇った風に言いやがって。 だけど、あいつがいなくなったおかげで、マンションは広くなったし、こうやって、母さんが仕事で帰りが遅い日には、ポテチとビールの黄金コンビがのびのびと楽しめる。 ビールは、高坂の兄貴に頼んで買ってきてもらっている。 冷やすのには、冷蔵庫なんて必要ない。 氷を入れた容器をモーターで回転させて、缶の飲み物を冷やしてくれる玩具のような器具を持っている。 口臭でばれないように、アルコール臭を消すタブレットもある。 母さんをだますなんて、わけがない。 パシュッと缶ビールを開ける。これこれ、この音が爽快なんだよな。 ドドッと気持ちよく喉に流し込んで、ポテチを齧る。 ああ、極楽だと思った瞬間、胃の奥からあの嫌な嘔吐感が沸きあがってきた。 そんな、ばかな・・・。 もうあいつはいないのに・・・。 喉から嘔吐物が漏れる音に混じって、ガチャリと玄関を開ける音がする。 あと二時間は帰ってこないはずの母さんが靴を脱いで、家に入ってくる足音がする・・・。
/634ページ

最初のコメントを投稿しよう!