一夜

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彼は鍵を持つ。 彼は扉を開く。 彼はホテルのロビーで女と向かいあっている。女は彼に真っ直ぐ視線を向け、彼は視線を逸らしている。ロビーには二人しかいない、受付も席を外している。夜の中の明るく静かな空間に、二人の声だけが響く。その声には棘と諦めの色が孕まれている。彼女は言う。 結局、わたしたち一緒にいても何もいいことはなかったということ。私は失うものばかりだし、あなたもきっとそうだった。未来のことを考える性質でもないけど、あなたにはお金も、私が求めるものも何もなかった。一緒にいても、これからも失い続けるだけだと思う。 それからもいくつかやりとりがあって、やがて女は男に背中を向け、自動ドアの向こうへ姿を消す。時刻は真夜中を過ぎている。彼は一人ぽつんとロビーに立ち、そのうちホテルの制服を着た女がフロントに現れ、彼を一瞥すると、視線を落とし、部屋の鍵の確認と台帳のチェックを始める。彼は下を向き、自分の手のひらを見つめる。数分後、ロビーからは彼の姿も消えている。受付もバックヤードに戻り、ロビーには誰もいなくなる。
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