彼女の視線の先

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急いで一階の受付へ駆けつけると、少し不安げな顔で俺を待つ彼女の姿が見えた。 その瞬間、張りつめていた緊張感がふっと和らいでいくのがわかった。 俺に気付いた彼女は、小さく頭を下げた。 警戒している様子が丸見えだ。 それとも、怯えていると言った方が正しいのだろうか。 可愛いと思うなんて不謹慎なのだろうけど、可愛いと思わずにはいられなかった。 「そこ、座って」 「あ、はい」 彼女は椅子に座るときでさえ、綺麗な姿勢の状態を保つ。 背筋を伸ばし、だらしなく座ることはない。 それが今も何一つ変わっていないことが、嬉しかった。 「……どうしました?」 「あぁ、ごめん。気にしないで。じゃあ早速始めようか」 このまま彼女の行動の一挙一動を見つめても良かったけれど、それだといつまで経っても打ち合わせは進まない。 惜しむ気持ちを隠しながら、仕事モードへと切り替えた。 それにしても、不思議で仕方ない。 あの頃は、こうして彼女と仕事をする日がくるなんて夢にも思わなかった。
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