彼女の視線の先

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「唯、中学はどう?」 「楽しいよ。唯ね、テニス部に入ったの。パパ今度休みの日、テニスやりに行こうよ!パパテニス得意でしょ?」 「もうしばらくやってないけどね」 中学一年生の数学の教科書を開くと、懐かしい計算式や公式が羅列されていた。 ページをめくりながら、思い出した記憶は十年以上前のもの。 高校生だった樹は、数学は苦手だったけれど英語は得意だった。 数字を見ると具合が悪くなるんです、と言いながら頑なに数学の教科書を開こうとしなかった樹が、可愛くて仕方なかった。 娘に勉強を教えている最中にも、樹のことが頭に浮かんでしまう。 父親失格だと罵られても、反論出来ない。 「ねぇ、パパ」 「ん?」 「たまにはママと二人で食事でも行ってきたら?」 「……」 キッチンの方にいる咲には聞こえないくらいの小さな声で、唯が呟いた。 「ママとデートとか、しばらくしてないんでしょ?私もう中学生だから、一人で留守番出来るし」 唯は、気付いているのかもしれない。 俺の気持ちが、既に咲から離れてしまっていることに。
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