彼女の視線の先

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彼と最初に会ったのは、ちょうど今から一年前の春だった。 「楢崎、お前今日は飲み過ぎるなよ。この間は大変だったんだからな」 「この前は久々に酔っ払ったな。つい楽しくてさ」 「つい楽しくて飲み過ぎるっていう年齢じゃないだろ」 「大丈夫、今日はちゃんとセーブするから。朝日に迷惑はかけないよ」 仕事終わりに、友人の楢崎と行きつけの居酒屋に飲みに行ったときだった。 カウンターの席に案内されてすぐ、楢崎はカウンターの近くを通った男に声をかけた。 「あれ、霧島?すごい偶然だな。霧島もここで飲んでたんだ」 「今日は同期で飲み会です」 「いいね同期飲み。あ、俺は友達と飲みに来たんだよ」 そう言って楢崎は、軽く俺を指差した。 特に挨拶するつもりはなかったけれど、指を差されたからには無視するわけにもいかず、簡潔に言葉を交わした。 「どうも、朝日です」 「霧島です」 当然、話すことなど何もない。 俺と彼の会話は、たった二言で終わった。
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