彼女の視線の先

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その日の夜遅くに、俺は樹にメールを送った。 打ち合わせを慌てて飛び出した彼女の顔はひどく青ざめていた。 相当なミスかトラブルがあったに違いない。 彼女は無事に帰宅出来ただろうか。 本当は電話で声が聞きたかったけれど、まだ仕事中かもしれない。 彼女の邪魔はしたくなかったため、貰った名刺に記載された電話番号にショートメールを送った。 『朝日です。仕事、お疲れ様。打ち合わせの詳細、パソコンに送信したから確認よろしく。何かあれば、いつでも話聞くから』 こんなことすれば、余計に嫌われるかもしれない。 それでも、何もせずにはいられなかった。 翌朝、彼女からメールの返信が届いた。 『永里です。打ち合わせの途中に抜けてしまい、大変申し訳ありませんでした。詳細はパソコンで確認させて頂きます。それと、お気遣いは無用です』 好意など微塵も感じられない文章。 どんなに冷たくてもいい。 たった一行だって構わない。 返事が来ただけでこんなに嬉しくなってしまうのは、恋をしている証拠だろう。
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