幸せはこの手の中に

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「わ、私もしたいです……」 「じゃあ、早くこれ書いてください」 「はい……」 ペンを持つ手が緊張のせいで震える。 でもその手の震えに気付かれないように、ゆっくりと慎重に字を書いていった。 全て書き終わり、改めて彼と私の文字で埋められた婚姻届を眺めた。 その途端、急に夫婦になる実感が込み上げてきた。 「いつ提出したいとか、あります?」 「私はいつでもいいけど……」 そのとき、下の階から私たちを呼ぶお兄さんの声が聞こえてきた。 タイムリミットだ。 霧島くんと二人きりでいられる時間は、これで終わり。 またしばらくは、電話で声だけ聞く日々が続く。 それでも、前のような寂しさは少し薄れるような気がしていた。 紙きれ一枚なのに、この効果は思った以上に絶大だ。 「それ、霧島くんが持っててくれる?私、なくしちゃいそうだから」 「ですね」 「じゃあ、そろそろ下に戻ろっか」 「戻る前に、一回だけ」 そう言って彼は私の体を抱き締め、甘いキスをくれた。 一回だけ、と言ったのに、一回では終わらなかった。
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