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 人気のない夜の公園。化物のような女と、そいつに今にも襲われそうな私。  そんな異様な光景を前にしても、御門 朔夜は怯えも臆することもなく、泰然としてこちらに歩み寄る。  月のない夜の濃い闇の中でもよく映える雪肌。  一輪の薔薇を彷彿とさせる紅が、形の良い薄い唇を艶やかに彩る。  優雅に、堂々と歩む彼女の、なんと美しいことだろう。  私は目前に迫る恐怖を忘れて、思わず彼女に見入ってしまった。 「こんばんは、ちょっと失礼」  突然の闖入者の出現に惚ける私を尻目に、御門さんは億面もなく私と虹先輩の間に割り込む。 「ちょっ!!」  こんな危ない女の前に出てくるなんて、彼女は命知らずなのだろうか?  思わず制止の声を上げたが、彼女はこちらの声が届く前に、私達を繋ぐ髪の毛の束を片足で踏みつけた。 「!!?」  ヤバイ! 虹先輩の――化物の髪を踏むなんて、御門さんはどうかしてる。  虹先輩が逆上してしまう!  次に何が起こるのか? どんな恐怖が襲い来るか。  予測のつかない恐怖に身を竦ませるが、不思議なことに、虹先輩は微動だにしない。  それどころか、あれほど饒舌だったのに、いつの間にか彼女の声が途絶えていた。 「マドカ」  御門さんに呼ばれ、彼女の後方に控えていた短髪の少年がこちらに寄って来る。  彼女とよく似た少年。彼女の弟だろうか。  マドカと呼ばれた彼は、横たわっていた私に会釈をした後、無言で腕を引いて上体を起こすのを手伝い、おもむろに左手を私の腹部に当てる。 (なに、この手?)  いやらしい手つきではないし、不快さも感じないが、場所が場所なだけに戸惑ってしまう。 「少しキツイでしょうが、我慢してください」  彼に声を掛けられた瞬間、背すじに悪寒が走り、強い嘔吐感を覚えた。  何かが下腹部で蠢いている。  そして何故か、目前の彼に酷い嫌悪感を抱いた。 「やめて、気持ち悪い」 「でしょうね」  謝るとか励ますのではなく、そっけなく応じる彼に益々嫌気がさす。  下腹部の不快感や彼への苛立ちのあまり、彼を威嚇して、噛みついて傷付けたい衝動に駆られた。 (そんなことしたいなんて、まるで蛇ね。こんなこと、今まで思ったこともないのに)  ふいに、先程まで私を苛んでいた虹先輩の蛇のような目と、容赦なく私を責める辛辣な台詞が思い返される。  あの目に睨まれ、襲われたことで、あることに気付いた。 (……もしかしたら、私もあの人と同類なのかもしれない)  認めたくはないけれど、私と彼女は似ている所がある。  私も虹先輩と同じように、ヒロト先輩を慕うあまり、彼に近付く邪魔者を排除したいと、彼に近付く女を見る度に思っていた。  ――私のような冴えない女に、ヒロト先輩の心を射止められる筈がない。  彼に恋をしてから今日まで、自分の地味な容姿や冴えない性格を言い訳にして、彼の恋人の座を狙うのは早々に諦めていた。  彼の傍にいることを諦めたのは、他ならぬ自分の意思だ。  それなのに、新たな女が彼の隣に現れる度に、つい指を咥えて見てしまう私は、やはり間抜けで惨めな女なのだろう。  ――私はヒロト先輩を見詰めながら、一体なにを彼に望んでいたのか。 「どうして泣くの? 苦しい?」  御門さんは女の髪を踏んづけたまま腰を折り曲げ、私の顔を窺う。  気遣いなどではない。極めて冷厳に咎めようとしているのが、その強く刺すような眼差しと冷めた口調からわかった。  本当に彼女は、あの、優しい優等生の御門 朔夜なのだろうか。
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