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◇
人の気配に気づいて、リュドラーは目を開けた。室内は深い藍色に染まっている。カーテンの隙間から差し込む月光が、かろうじて物の輪郭を浮かび上がらせていた。
「……」
気配はドアの外にある。息を殺して、リュドラーは深夜の訪問者の出方を待った。体は自然と折りたたまれて、どのような場合にも対処できるよう、神経が研ぎ澄まされる。
ドアノブが軽い音を立てて、扉が滑った。現れた人影に、リュドラーは虚を突かれて反応を忘れた。
「……起きていたのか」
ためらいがちに室内に滑り込んできたのは、トゥヒムだった。すらりとした体躯をやわらかなモスリンのスリーパー――男性用ネグリジェ――に包まれた姿が、淡い月光に包まれて闇夜から切り離されている。トゥヒムは慎重に扉を閉めると、足音を立てないように注意しながらベッドに近づいた。
「こんな時間に手燭も持たず部屋を出たのは、はじめてだ」
叱られることを覚悟した苦笑を、リュドラーはポカンと見つめる。どうしてここにトゥヒムがいるのか、まったくわからない。
「驚いているようだな、リュドラー」
警戒体勢のままのリュドラーに手を伸ばし、頬に触れたトゥヒムは痛ましそうに悲しげな目つきで言った。
「会いたかった」
瞬間、驚きの呪縛から解かれて、リュドラーはベッドから降りるとトゥヒムの前に片膝をついた。
「このような場所にわざわざお越しくださるとは思いもよらず、挨拶の遅れた非礼をお許しください」
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