深夜の訪問

2/6
731人が本棚に入れています
本棚に追加
/242ページ
 ◇  人の気配に気づいて、リュドラーは目を開けた。室内は深い藍色に染まっている。カーテンの隙間から差し込む月光が、かろうじて物の輪郭を浮かび上がらせていた。 「……」  気配はドアの外にある。息を殺して、リュドラーは深夜の訪問者の出方を待った。体は自然と折りたたまれて、どのような場合にも対処できるよう、神経が研ぎ澄まされる。  ドアノブが軽い音を立てて、扉が滑った。現れた人影に、リュドラーは虚を突かれて反応を忘れた。 「……起きていたのか」  ためらいがちに室内に滑り込んできたのは、トゥヒムだった。すらりとした体躯をやわらかなモスリンのスリーパー――男性用ネグリジェ――に包まれた姿が、淡い月光に包まれて闇夜から切り離されている。トゥヒムは慎重に扉を閉めると、足音を立てないように注意しながらベッドに近づいた。 「こんな時間に手燭も持たず部屋を出たのは、はじめてだ」  叱られることを覚悟した苦笑を、リュドラーはポカンと見つめる。どうしてここにトゥヒムがいるのか、まったくわからない。 「驚いているようだな、リュドラー」  警戒体勢のままのリュドラーに手を伸ばし、頬に触れたトゥヒムは痛ましそうに悲しげな目つきで言った。 「会いたかった」  瞬間、驚きの呪縛から解かれて、リュドラーはベッドから降りるとトゥヒムの前に片膝をついた。 「このような場所にわざわざお越しくださるとは思いもよらず、挨拶の遅れた非礼をお許しください」
/242ページ

最初のコメントを投稿しよう!