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「ああ、すまない」
こだわりなく腰かけたトゥヒムに出すお茶もなく、それを命じる相手もいない。そんな現状に、あらためて境遇の変化を思い知らされたリュドラーは、部屋の隅にある蜜酒に目を止めた。
(あれをお出しするわけにはいかない)
直接的な害意はないが、なにか意図があって置かれているのは明白だ。なにより、潤滑油と蜜酒はおなじ花の香りがした。
思い出し、身震いしたリュドラーの脳裏にティティの声が響く。
――僕は屋敷の中を自由に歩き回れるからね。トゥヒムの部屋にだって、行こうと思えば行けるんだよ。
「トゥヒム様」
「なんだ、リュドラー」
「ティティは、トゥヒム様の部屋を訪れたことはございますか」
「ティティが? いいや、ない。なぜだ」
「いえ……、すこし気になったもので」
「そうか。――この部屋には、ティティが訪れるのか」
「いえ」
「……その、答えづらいだろうが、かまわないか」
「どんなことでも」
リュドラーは胸に手を当てた。トゥヒムは浅くうなずき、それでもためらいながら唇を動かした。
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