甘美な憎悪

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「欲しいよ。……けど、いらない」  ティティはリュドラーに体重を預けた。愛撫をやめた手を彼の脇腹に添わせる。 「外の世界で生きていく方法を知らないからね」  皮肉っぽい響きを意識したであろうティティの声は、静かなあきらめを宿していた。リュドラーは胸奥深くにティティを抱きしめながら、森でちいさな獣を保護した記憶をよみがえらせた。心に浮かんだ感情は、そのときのものに酷似している。 「その方法がわかれば、ここから逃げるのか」  きっとそうだろうとリュドラーは思った。  ティティは問いを吟味して、ちょっと違うなと結論を出す。 (僕はここから逃げたいなんて、思っていない)  そもそも、逃げるというのは行くあてか希望のあるものがすることだ。ティティには行くあても、逃げてから生きていく算段もなかった。性奴隷としての生き方しか知らないティティは、ここから逃げてもまた誰かの性奴隷として糧を得なければならない。それなら性奴隷としては最大限の贅沢を与えてくれるサヒサに飼われているほうがいい。――ああ、娼夫として時々の相手を選ぶという道もあるか。  その考えは、ちっとも魅力的ではなかった。トゥヒムのように商売のイロハを教わり、ここから逃げて商売をはじめるという考えもしっくりこない。  ティティは目を閉じてリュドラーの匂いを嗅いだ。自分とは違う世界で生きてきた者の香りを肺腑に取り込み、しばらくしてからゆっくり吐き出す。リュドラーの肌は温かくて広くたくましい。理由のない、無条件の安堵に包まれた。  返事をしないティティの背に、リュドラーは手を乗せた。抱きしめているのでも、ただ置いているだけでもない絶妙な具合で、リュドラーはティティの肌を感じた。  聞いてはいけない質問だったのだと、リュドラーは判断した。ティティの部屋にいれば、どのような会話をしても外には漏れない……らしい。それはティティの認識で、サヒサがその上を行く細工をしている可能性もあると思い至った。
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