栗毛の獣

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 高価な宝石や布を売り込むために、貴婦人たちの無聊を慰める役目、といったところだろうとリュドラーは予想した。贅沢に飽きた婦人たちは、まれに屈強な男を虐げる喜びを求めると、冗談半分に言われた記憶がある。闘技場での催しに似た興奮を、性的なもので得たいと望んでいるらしい。  そういう“仕事”であるのなら、リュドラーの隆々とたくましい肉体は理想的だろう。護衛よりも、商談のもてなしとして使おうと考えるとは、さすが利益のために動く人種だと、なかばあざけりつつ苦笑した。  さて、と立ち上がったリュドラーはカーテンを開いた。さわやかな陽光が室内にたっぷりと注ぎ込まれる。明るくなった部屋を改めて見回し、余計なもののなにもない質素な部屋に、改めて昨日とは違う生活がはじまったのだと噛みしめた。  この部屋にそぐわないものは、大量の蜜酒だけだ。  甘ったるい香りのそれは、思うほど甘くはなかった。舌ざわりはなめらかで、喉越しも悪くない。むせるような花の匂いも慣れれば平気だろう。ただ、後味にほんのりと苦味が残るのが気になった。  なにかの薬でも、仕込まれているのだろうか。  奴隷が機嫌よく客人をもてなせるようにと、特殊な薬、あるいは香を使う話を聞いたことがある。高級品である蜜酒を普段の飲み物として置いている理由は、そこにあるとリュドラーは踏んだ。 (無縁のことと聞き流していたが、それでも意識に残っていたらしい)  リュドラーは窓の外に目を向けた。馬が数頭、のんびりとすごしているのが見える。遠目にも、良馬だというのが見て取れた。きっと、すばらしい走りを見せるだろう。  窓を開けて身を乗り出し、周囲を確認する。馬が乗り越えられない程度の高さの柵が、張り巡らされていた。その先は森につながっている。屋敷の位置と入り口の方角を確認し、記憶の中の周辺地図と照らしわせる。  あの森を抜ければ、街道を通らずに次の街へと逃げられる。ただし、森には危険な動物も多い。無手で入るのは命を捨てるのとおなじ行為だ。
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