逃亡

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「もう、私のことはいい。私が生き延びたところで、この勢いはどうしようもない。いさぎよく父上とともに磔に処されるべきだと思うんだ」 「なにをおっしゃるのですか、殿下」  リュドラーは眉を吊り上げた。精悍な顔つきに整った鼻筋。鋭利な刃物を思わせる鋭い瞳で尖った語気を向けられれば、大抵の人間は萎縮する。しかしトゥヒムはゆるやかな笑みを浮かべて、鷹羽色の髪と同色の瞳を見上げた。 「そうすればおまえは、民衆の中に交じって明るい場所を生きていけるだろう。こうして私を擁護していては、いつまでも日陰者だ。――私は、王政の復興など望んではいない。生きている理由も意味も、どこにもないんだ」 「なりません、殿下」  小声ながらも叫ぶリュドラーに、トゥヒムはちいさく首を振る。 「もう、いいんだ。あの騒ぎの中、私をここまで連れ出してくれたのは、ありがたく思う。だが、おまえの人生を暗く湿った場所に引きずり落としたくはないんだ。わかってくれ、リュドラー」 「いいえ、わかりません。俺はあなたの所有物です。あなたのためだけに存在する騎士だ。守るべきものを放棄した俺に、生きる意味はない。このリュドラーを思ってくださるのならば、どのような辛苦に遭おうとも、ただ生きることのみをお考えください」 「リュドラー」  呆然とつぶやいたトゥヒムに、リュドラーは厳しい顔を柔和に変えた。 「さあ、行きましょう。どこか……、身を隠して生きていける場所へ。王族と知られずに、命を全うできる生活を求めて」 「……ああ。よろしく頼む、リュドラー」  青年になりたての、幼さを残すトゥヒムの頬を見つめて、リュドラーは決意を新たに周囲を見回し、人目につかぬ裏路地を選んで移動した。
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