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もうあとすこしで休めるという気のゆるみに足が萎え、馬小屋の入り口わきに置いてある飼い葉桶に手をついて倒し、派手な音をさせてしまった。
「誰だ!」
鋭い声が飛ぶ。
リュドラーの気配が刃物のように鋭くなり、トゥヒムは自分のうかつさを呪った。
足音が近づいてくる。
リュドラーはトゥヒムを背後に隠し、腰の短剣を引き抜いて身構えた。手提げランプがいくつも近づいてくる。
「リュドラー、短剣を収めてくれ」
節くれだったリュドラーの手の上に、女のように繊細なトゥヒムの指が置かれた。
「しかし」
「私たちの目的は、民を傷つけることじゃない」
「生き延びるためには、致し方ありません」
トゥヒムは静かに首を振った。
「たった一日でくじけるなんてと思うかもしれないが、もう充分だ。ここは運を天にまかせよう。――捉えられて処刑されるか、ここの主にかくまわれるか。リュドラーは、ここの主に助けを乞えるかもしれないと考えて、この馬小屋を選んだんじゃないのか。そうだとしたら、屋敷の人間を傷つけるのは逆効果だ。おとなしく掴まり、温情を賜りたいと訴えるのが上策だろう?」
落ち着いたトゥヒムの態度に、リュドラーは短剣を収めた。トゥヒムが満足そうに目を細める。
「命の危険があると判断したときは、容赦はしません。それで、よろしいか」
「ああ。だが、無茶はしないでくれよ」
「約束はできかねます」
主従はおなじ笑みを浮かべて、近づいてくる手提げランプの灯りを待った。
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