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◇
数人の男に取り囲まれ、切っ先を突きつけられて、リュドラーは両手を頭の後ろで組んだ。その横でトゥヒムもおなじポーズを取り、抵抗の意はないと示す。
「何者だ」
誰何され、リュドラーはよく通る低い声を発した。
「この館の主に会いたい。面識はある。俺の顔を見れば誰かわかるはずだ。サヒサを呼んでくれ」
男たちは警戒の色を前面に押し出して、切っ先をさらにリュドラーへと向けた。
「名乗らないものを取り次ぐわけにはいかない」
男の言い分はもっともだ。しかしここで名を明かして、トゥヒムに危害を加えられては困る。
「なんだ。――答えないのか」
切っ先をチラチラと揺らして威嚇してくる男を、リュドラーはひとにらみした。眼光の鋭さに、男が「ヒッ」と喉奥で悲鳴を上げて腰を引く。
そこでふと、リュドラーはあることを思い出した。
「名乗らないほうが主人のためになる。言えない筋で人を連れてきた。そう取り次いでくれればいい」
褒められた話ではないが、この国では人身売買が行われている。たいていは食うに困った人間が労働力や楽しみの相手として身を売るのだが、なかには没落貴族の血を引くものが、こっそりと身売りをすることもある。そういう場合は公にはしない配慮が、売り人と買い人との間になされる。それを利用しようとリュドラーは考えた。
この屋敷の人間ならば、その配慮を知っているはずだ。
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