特別

6/8
前へ
/8ページ
次へ
母は立ち上がり、吊るされた兄の方へ歩いていく。 「こんなにきつく結んじゃって。これじゃ、解くのが大変じゃない。あなたはいつもそう。靴ひもだって、上手く結べないんだから」 母が机の上にあったハサミを取り、兄の首を支えているロープを切った。 すると、兄の体は母にのしかかる形で崩れていった。 母は兄の体を抱きながら床に座り、まるで赤ん坊を抱くかのように頭を優しく包んだ。 その様子を、僕も父も茫然と見ていたのだった。 「ほら、ダメよ。ママの言う通りにしないと」 「なぁ……、こいつの顔は、どうしてこんなに痣だらけなんだ……?」 父が兄の顔の痣に気づいたのか、ボソッと呟いた。 「まさか……、お前がやったのか?」 父は、母の方を見て言った。 母は、何も言わず不気味に笑った。 ふと、僕はドアの方を見て不思議に思った。 「ねぇ、母さん。兄さんの部屋、どうやって入ったの? 鍵、かかってたでしょ? 兄さんが開けたの?」 「鍵なら、ママが持ってるわよ」 ドアの方を見ると、内側に鍵穴はないように見えた。 「お前がまさかこいつを閉じ込めていたのか?」 父が青ざめた表情で言った。 「だって、この子ったらママのご飯を食べないで、夜中に冷蔵庫漁ったりするんですもの。そんな事したら、体に良くないじゃない」 「お前、それは……」 「この子は、ママがいないとダメなんだから。食事もトイレも、お風呂だって、ママがついていないと」 完全に狂ってしまったと、僕だけでなく父も思った。 母が自分の事を「ママ」というのは、僕らが小さい頃に言っていた言葉。 母は僕ら、特に兄に「ママ」と呼ばせたかったようだが、中学にあがる頃には周りの影響もあって「母さん」と呼ぶようになっていた。 そういえば、その時も母は怒り、僕と兄の顔を殴ったっけ。 だが、兄をそのままにはしておけず、父は母を説得し電話をかけにいった。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

27人が本棚に入れています
本棚に追加