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母は納得した。そう思っていた。
僕は、二度と話せない兄を静かに抱く母を前に、無言で立ち尽くしていた。
一階からは、電話をかけている父の声が聞こえる。
「うちの息子が」
「首を吊って」
「すでに亡くなって」
そんな言葉が聞こえてくると、母はボソリと僕に言った。
「お願い。一階から、包丁を取って来てくれる?」
「包丁なんて何に使うのさ?」
母、兄の顔を撫でながら言った。
「このまま警察が来たら、お兄ちゃん連れて行かれちゃうでしょ? その後には、火で焼かれちゃって。骨と灰にされちゃって、小さな入れ物に入れられてしまう……。お兄ちゃんの顔、もう見れなくなっちゃう」
「……写真があるじゃん」
「写真なんて、この皮膚の柔らかさを感じられないじゃない……。だから」
「だから?」
「お兄ちゃんの首をね、取って置こうと思うの。そうしたら、ずーっとお兄ちゃんの顔を見れるじゃない? そうしたら……」
「もうやめてくれよ!!」
僕はつい叫んでしまった。
すると、母は泣きながら、
「どうして死んだりしたのよ……。どうして、どうして!どうして!!どうして!!!」
そう言って、母は拳で兄の顔を何度も殴った。
「やめてよ、母さん!!」
咄嗟に僕は、兄を殴る母の腕を掴んだ。
兄の顔の痣は、この人がやったんだ、と確信した。
あの時、母が殴られていたのではなく、母が兄を殴っていたんだ。
母についていた血は、兄のものだったと、その時理解した。
腕を掴む僕を、母はギロリと睨みつけてきた。
僕は怖さと共に悲しさが込み上げて、それ以上何も出来なかった。
兄の遺体が運び出される時も、母は叫んでいた。
「どうして死んだりするの! 一人で!!」
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