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昔、むかし、黄砂に煙る大河のほとり。
大国の脅威をかわし、無用な戦を避けながら、年老いた賢王が治める、小さな国があったという。
賢王には三人の息子。
正后との間に生まれた、剛毅ながらも病弱な長男。明晰ながらも気弱な次男。
そして異国の娘との間に生まれた、年の離れた末の三男。
末の息子は、小さな頃から事あれば、大国に攻め込み見事に散る、
そのことばかりを考えている、短慮な乱暴者であったという。
困り果てた賢王は、末の息子が十の年、勇敢ながらも聡明な、三つ年上の少女を宛がい、こう言った。
「胡龍、お前の側付き『木蘭』だ。女だがお前よりよほど強くて賢いぞ。
お前も彼女に守られず、彼女を守れるくらいの男になってみよ」
賢王の後ろに控えた、凛々しい少年のような出で立ちの少女が、顔を上げた。
「木蘭と申します。お見知りおき下さいませ」
まだあどけなさの残る顔に不似合いな、大河の水底のような、深い瞳。
気品ある身のこなし。
ただ、丸みを帯びかけた体つきが、それが少女であることを語っていた。
兄達とは異なり、女を側付きにされた。そのことで胡龍の小さな誇りは傷つき。
それから胡龍は何日も、木蘭の存在をいっさい無視して、ただ暴れる日々を送った。
無視しても無視しても、
木蘭は平気な顔でついて来た。
暴れても暴れても、
止めようともせず、ただ傍にいた。
そしてある日、また暴れた胡龍が壁に投げつけた陶器の坏は、破片となって砕け散り、胡龍自身に跳ね返った。
思わず目を閉じた胡龍が、次に目を開いた時、
そこに見えたのは、木蘭の頬から滴り落ちる、一筋の血。
自分の頬に感じる、暖かな人肌。
「お怪我はございませんか」
抱きしめた腕をほどき、胡龍の顔や腕を見回しながら、木蘭が尋ねた。
「……なぜ庇う?
お前こそ、怪我をしているではないか。手当てして来い」
「これがわたくしの役目でございます。身体が傷つくことなど、何とも思いません」
「お前は女であろう。私のことなど放っておいて、自分の身を守ればよいのだ」
木蘭が、ふっと微笑んだ。
「何が可笑しいのだ!」
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