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「いえ、申し訳ございません、嬉しいのでございます。
初めてわたくしにお言葉をかけて下さいましたね、胡龍さま」
「その異国者のような名で私を呼ぶな!
どうせ私は異国の血を引く厄介者だ。
それゆえ父上も義母上も、私にこんな名を付けて、お前のような女を……」
「それは違います! 王は胡龍……若さまに期待しておいでなのです。
それゆえ危険を承知でわたくしのような者を……」
「危険? 何が危険だというのだ。所詮子供のお守りだと馬鹿にしておるのであろう?
私のために怪我をするような、頼りない側付きなど要らぬ!」
「若さまのためではございません。国のためでございます」
「国のため?
大層な理由だな。暴れる私一人、止められぬくせに!」
胡龍が再び、棚に並んだ龍紋様の陶盤をつかみ振り上げたところで、
一際大きな木蘭の声が響いた。
「いい加減になさいませ!!」
ぴしりと放たれたその言葉。
まるで父の声のような威厳に、胡龍は一瞬身をすくめ、手を止めた。
「たとえ皿一枚といえども、それは国の職人が若さまのために精魂込めて作り上げたもの。
気紛れに壊して良いものではございません!」
「側仕えのくせに、……女のくせに、私に意見するつもりか!」
「……側付きは王の命にございます。伊達ではございません。
少なくとも今は、若さまは体術でわたくしには敵いますまい」
「言わせておけば……!
女だと思ってこれまで手出しせずにいてやったというのに!」
「遠慮は無用でございます。わたくしは半分の力で若さまのお相手ができますゆえ」
「何だと!?」
幼い胡龍は、まんまと木蘭の挑発にひっかかり、顔を真っ赤にして、彼女に挑んだ。
結果は。
わずか十三の少女が、どれほどの修練で身につけたものか、
優雅にして隙のない、流れる河のような身のこなしに、
胡龍は、木蘭に触れることすら叶わなかった。
「若さま。強くおなりなさいませ。
武芸だけではございません。
目を見開いて、多くのものをご覧になって、それでも揺らがぬ強い心をお持ちなさいませ。
若さまにはそれがおできになります。
それまで木蘭は、ずっとお傍におります」
ぜいぜいと息を切らしてへたり込んだ胡龍の傍で、
少しの乱れもない呼吸の木蘭は、
そう言ってひざまずき、まっすぐに胡龍を見つめた。
まるで敵わなかった悔しさよりも、
なぜか深い安堵と信頼とが、幼い胡龍の心を占めていた。
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