今際の際

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 妻が病室を出た途端、今まで心臓の鼓動を示すピッ、ピッと言う電子音がピーと変わった。 それは、男性が死んだ事を知らせる音だった。 廊下を慌てて、医師と看護師が走ってきて、病室に飛び込んだ。 「ご臨終です」  医師は男性の両目の瞳孔、脈拍を確かめて、短く死亡を宣告した。 医師はかっと目を見開いたままの男性の目を手でそっと瞼を下した。 それを病室の入り口で、妻はその様子を静かに眺めていた。  しばらくすると、医師と看護師は病室を後にした。 「ありがとうございました」 妻は医師と看護師に軽く頭を下げて、礼を言うと、病室に戻った。 そして、もう死体となった男性にそっと顔を近づけた。 「ありがとう。あの娘を育ててくれて。あなたの子じゃないけど」  妻の顔には冷たい笑顔があった。
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