第Ⅰ章 それぞれの船出(1)

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「――ケッ、また貧乏百姓どもの陳情御一行さまか……」  雑貨屋の前で空き樽に座り込んでいたリュカが、通りをやって来るボロ布のような農民の一団を斜目に眺め、吐き捨てるようにして言った。 「ああ、雨乞いのために魔導書の使用許可を得に来たのだな。北部では日照りが続いていると聞いた。たぶんそのためだろう」  その誰に言うとでもない呟きに、隣で腕組みをして仁王立ちするドン・キホルテスが、やはりゾンビのような農民の行列をなんとなく眺めながら、見慣れた景色ででもあるかのように言葉を返す。 「ハン! 日照りじゃなくたって野郎どもの陳情は日常茶飯事さ。魔導書の力を借りなきゃ、到底、貧しい土地のもんはやっていけねえからな。が、その魔導書も必要な時に自由に使えねえってんじゃ、笑い話にもならねえぜ」  その言葉にキホルテスの方を振り返ることもなく、どこか不機嫌そうに眉根を寄せて答えるリュカだったが。 「よし! 酒に水に干し肉と、パスタにリンゴやその他果物類、それから火薬と弾丸。あと、お頭から頼まれた羊皮紙も買ったし、これで全部ですね……でも、リュカさん、ちょっとワイン買いすぎじゃないですか? 重くて荷車押すの大変ですよ?」  独り荷車の上の大量に買い込んだ物資を確認していたサウロが、そんな仕事をサボっている怠け者の仲間に困り顔で文句をつける。 「ああん? まあいいじゃねえか。なんせ新天地までの航海分だからな。それでもまだ足りねえってもんだぜ……さ、〝お頭の用事〟もすんだことだしよ、とっとと帰って酒屋にでも行こうぜ? 腹減っちまったよ」  すると、リュカは悪びれもせずにそんな言葉を返しつつ、ありふれた農民達のことも忘れて立ち上がると、仕事熱心な従者とその主人である場違いな甲冑姿の騎士を促した。 「うむ。そろそろ昼時だからな。サウロ、荷を積み込んだら皆で昼飯としよう」 「はい。旦那さま。じゃ、私と旦那さまは後で。リュカさんは前お願いします」 「へいへい……」  リュカの提案にキホルテスも賛同の意を示し、一番年下なのに…しかも、従者なのになぜか買い出し班のリーダー役を担っているサウロの許可を求めてから、三人で荷車を押して波止場へと歩き出した。
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