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沼地の夏は美しい。
年中空を覆い隠している陰気な雲が、毎年7月から10月にかけて西から張り出してくる大陸性高気圧に押される形でこの山岳地帯から姿を消す。年間わずか3ヶ月ほどの短い夏だが、それを待ちわびていた幾千種ともつかない草花が宴の季節を逃すまいと一斉に芽吹き、それまでの憂鬱な9ヶ月の記憶を吹き飛ばさんばかりに満を持して咲き乱れるのだ。
その瞬間を、山岳に生息する動物達も待ち焦がれている。普段は外敵から逃れるために山脈の高層に住んでいる大型の羊達は毎年大挙して麓に押し寄せ、恵まれた環境の中で子供を産み、育てる。同じく子育てのために山を降りて来るナキウサギをはじめとする小型の齧歯目、ライチョウ、ヒバリなどの鳥類、はたまたそれを追って山岳を伝って来たオオカミ、クズリなど、とにかくこの季節の沼地は賑やかだ。
人間だって例外ではない。山麓の中腹、モミの木の森の外れに人口200人ほどの小さな村があった。夏の終わりから秋の初めにかけて、この村では毎年豊穣祭が行われており、7月に入るや否や村人達は山岳の神を祀るための供物を集めるべく山となく丘となく奔走する。9月最初の新月の夜より行われる祭までに、動物の肉、酒、木の実、茸、野草に野菜、家畜の乳、果てに山脈の向こうにある穀倉地帯の村と取り引きした貴重な穀物など、手に入る限りあらゆる食物を集めに集め、村の外れの祠に奉り、そして祭の日が暮れ厳かな儀式の数々を終えると、ここからが本番とばかりに、それらが尽きて無くなるまで、長い年は1週間近く、村人全員で酒池肉林よろしく食って食って食いまくるのだ。
その至福の時のために、村の子供達は積極的に使役させられた。稀に食料を集めに森へ遣わされた子供の中に行方不明となる者が出たが、村の大人達は事態が判明した後に捜索はすれど、決して彼らに課した仕事を手伝おうとはしなかった。それが村の伝統であり、子供の役目であり、大人になるための通過儀礼であるとされていたからだ。子供達は必ず2人、ないしは3人のグループで行動するよう常日頃から言い聞かせられた。それが生きて村へ帰ってくるための術であり、危険な野性動物と渡り合うための知恵であった。複数で居ることは、それだけで動物を遠ざける効果があるのだ。多くの場合、それは非力な子供達が生きて還るために不可欠な要素であるとされた。あくまで多くの場合は、である。
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