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山下公園は、早朝ということもあって微かに霧が掛かっている。園内は早い時間ということもあり、人の気配は無い。
園内の、海側の通りを颯爽と走る男がいる。
男の名前は二ツ川雄貴(ふつかわ ゆうき)
二ツ川は全身黒のウェアーで、園内を一周していた。
園内は道路側、海側が円周で繋がっていて、海側はダッシュ、道路側はランニングのインターバルを続けていた。
二ツ川が海側でダッシュを始めると、一箇所のベンチに人影が写った。
人影を通り過ぎた瞬間、二ツ川は徐々にペースを落としていく。
二ツ川は、ベンチの方向に振り返ると、見覚えのある女が座っている。
二ツ川は、女をじっと見つめ、表情を崩す。今にも、涙を浮かべそうだ。
女は立ち上がり、二ツ川に歩み寄って行った。
その、しばらく前、女は公園から程近い野球場で売り子をしていた。観客から目立つように蛍光色のユニフォームを着て、背中には二十キロ近い重さのビールタンクを背負い、何万人といる群衆に向かって声を張り上げる。
女の名前は石川夕季(いしかわ ゆうき)。ビールの売り上げは宜しくない。
その日も、いつものようにナイターゲームで出勤し、同僚の中野綾香(なかの あやか)と準備をしていた。
中野「夕季、今日の目標は?」
夕季は黙々と準備をしている。
夕季「・・・4周。」
中野「少ない!あんたぐらい長くやってたら、10周前後はいかないと、」
夕季「わかってる。」
中野「ねえ、他のラベル、相当回ってるよ、あんたが遅れてる分、私とかがフォローしなきゃいけないんだからさあ、わかってる?」
夕季「私、向いてないのかな・・・」
中野「ただ、売ればいいだけでしょ、この前だって、名前覚えてもらってた人いたじゃん。」
夕季「うん・・・」
中野は一つ、ため息をついて、ビールタンクを背負い始めた。
中野「そうそう、今日さ、飲み会あるんだけど、来る?」
夕季「何の飲み会?」
中野「まあ、合コンみたいなもんだけど・・・相手さ、誰だと思う?」
夕季「誰よ?」
中野「や・きゅ・う・せ・ん・しゅ。」
夕季「マジ?」
中野「マジ、マジ、ちょっとツテがあってね、売り子紹介しろって、うるさくてさあ、」
二人は補給所を出て、球場のコンコースにでた。
コンコース内は、試合前に買出しをしている観客で賑わっている。
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