一章 望降ち

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 ふと冷蔵庫の中の存在を思い出して振り返り、律儀に鍵をかける客人に声をかけた。 「小野。今日はシフト入ってるのか?」 「今日は休み。明日は夕方からだから、来るのちょっと遅くなるかも」 「そうか。夕飯は」 「まだだけど……草町は外で食べてきたんじゃないの?オレもお茶一杯もらったら帰るよ」 「昨日もらった肉じゃがが残ってるから温めよう。待たせた詫びだ」  小野の手伝いを断って座らせ、コップに麦茶を注いで渡す。レンジに肉じゃがをセットして、自分の分の麦茶をコップに注いで一口飲んだ。箸を出そうと棚を漁る。 「待ってる間、草町のコト考えてたよ」  箸を掴んだまま顔だけ小野に向けると、片膝を抱いてこちらを見ている小野と目が合った。膝頭に頭を乗せて、目を細めて微笑んでいる。 「勉強しようとも思ったんだけど、待ってるとどうしても草町が頭ちらついちゃって諦めた」  苦笑する彼から目が離せないでいると、レンジが音を立てて僕を呼んだ。我に返って、箸とレンジから出した肉じゃがの入ったタッパーを持って居間へ移動する。 「どうぞ」 「ありがと」  小野が座り直して、「いただきます」と手を合わせて食べ始めた。小さなちゃぶ台を囲み、僕も麦茶をすする。 「おいしいね。さすが藤崎のおばさん」 「ああ」  小野の話に相槌をうちながら、ちらと表情をうかがう。  いつも通り、だと思う。  思うのだが、なんだか穏やかというか、静かだ。隠しているだけで、待たせた事を怒っているのだろうか。そんなに器用ではないと思っていたのだが。
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