一章 望降ち

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 午前四時になるかどうか、空がほんの少し白み始めた頃に「ぎ、ギリギリセーフ……?」と駆け込んで来た小野を、読書しながら待っていた僕は十分程気付かないまま放置した。  呼び鈴とメールに気付かず、焦れた小野が電話をかけたために「失敗」は免れたが、理由を聞いた彼は「本に夢中でシカトされたなんて」としばらく拗ねていた。  そんな週末が明けて七月に入り、一層暑くて眩しい日差しの中を歩く。  暑いのも嫌だが、僕はクーラーの冷気の方が苦手なので夏の講義は本当に苦行だ。なぜそんな殺人的な設定温度にするのか理解できない。おかげで夏でも薄手の上着を持ち歩くハメになる。女子じゃないんだからと友人に呆れられたこともあるが知るか。寒いものは寒い。 「くっさまーち君っ」 「げ」 「げって!ひっどいなぁ。そのカワイーお顔に『嫌なヤツに遭った』って書いてあんだから、せめて口には出さないでよ」  名前を呼ばれたからと顔を上げるんじゃなかったと思ってしまった。失礼なことを言っているのはわかっているが、苦手なものは苦手だから仕方ない。 「……おはようございます。有川先輩」 月曜の一限という、人気はないが面白い講義を終えて移動のために学内を歩いていたら面倒な人に捕まった。師事している教授のゼミ生である有川先輩の趣味は、僕をからかって遊ぶことである。大変不本意だが。 「ね、ね、今日の昼ヒマ?一緒にどーお?」 「……嫌なヤツだと思われてるのわかってるのに、先輩もよく誘いますね」 「てへ!」 「キモチワルイです」 「きゃー!辛辣!」  先輩はけらけらと笑いながらついて来る。来るなと言おうが嫌だと言おうが、僕の言う事を聞かないのはわかっているので、無理に反論しないで好きにさせるのが一番被害が少なくて済む。ここ一年程の付き合いで得た経験からくる対応であるが、半分無視しているようなものなのに何が面白いのかこの人は僕に構う。 「教授が面白い論文貸してくれたんだ。定家についてなんだけど、なかなか面白い視点で書かれていてね。これは是非とも草町君にも読んでもらって議論しなければと思ったわけだよ」 「うぐ」
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