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「ね、それとも、オレをおいて親が連れて来た初対面のお見合い相手の女の子をお嫁にもらっちゃう?」
そっちの方が現実味がある普通の話であるはずなのに、雨の日のダンボールに入った捨て犬みたいな目で見られたら謂れのない罪悪感に苛まれる。僕の両親が見合い話なんて持って来るとは思えないし、僕だって見知らぬ相手と将来を誓う未来なんて想像できない。だからと言って、小野の話を飲む、というのもまた想像できない話だ。
だって、小野は僕にとって。
「オレたちは友達だよ」
そう、“友達”だ。
「百夜通いきるまではね。でも、百夜通えたら受け入れてほしい」
こんなに切なそうな人の表情を、僕はこれまでの二十年弱の人生で見た事がなかった。失うことへの恐怖と、手放したくないと縋る熱情で、寒くて、熱い。
僕も小野も男だろう、まだ初夏なのに頭が沸いたのか?今すぐ冷水浴びて冷やしてこい。そう言って切り捨ててもいいはずなのに、彼の恐怖が僕に伝播したのか、それを許さない。拒絶したら、もう二度と小野が僕の隣で笑う事はないのではないかという危惧が僕の行動を制限する。
そう、恐らくこれは、友を失うかもしれない恐怖だ。
「……僕は、小野とはずっと友達でいるんだと思ってた」
「うん。オレもその方がいいと思ってた。でも、何にも言わないまま、しないまま終わりたくない」
「小、野」
小野が手を伸ばして、僕の少し伸びた前髪の先に触れる。恐る恐る、という言葉をこんなに身近に感じた事はなかった。目が、声が、言葉以上に心を届けるのだと、僕は初めて知った。
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