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室内であるのに薄い色の入ったサングラスとしていて視線はうかがい難いが、緊張を表す様に唇は引き結ばれていた。
「近くに、静かでコーヒーがおいしくて、本読むのにピッタリな喫茶店があるんだ。ケーキとかお菓子も少しだけどあってさ、マスターがまた良い人でホント、おすすめ・・・な、ので、行って、みませんか」
早口にまくしたてたかと思うと、最後は尻窄みに提案された。
一刻も早く手の中の本を読みたかったが、今は講義を終えたおやつ時。読み始める前に何か食べておいた方が後々を考えるといいかもしれない。
読んでいる間は空腹も忘れるが、問題は読み終わった後だ。何度か動けなくなった苦い経験がある。
黙って考えていたら、掴まれていた腕が解放された。顔を上げてみると、わかり易く眉尻を下げて俯いているのが目に入った。折角親切にしてもらったのに悪いことをした。
「あの、そこは軽食も摂れますか」
「!うん!サンドイッチも美味しいよ!でも一番のオススメは裏メニューの焼きおにぎり!」
僕が問うと、勢い良く顔を上げて力説される。一応図書館内であるので声を落とすよう注意すると慌てて口を手で塞いだ。子どもみたいだ。
「じゃあこれ、借りて来ちゃおう。半分持つよ」
さっきまで耳を垂れて落ち込む子犬のようだったのに、僕から本を奪って(半分と言ったのに全部持って行かれた)カウンターを目指す後ろ姿には、ちぎれそうな程嬉々として揺れるしっぽが見えるようだった。
その後、アパートと大学の中間くらいという素晴らしい立地の、裏メニューの焼きおにぎりが絶品な喫茶店で共に食事を摂った。余りの美味しさにろくに会話もせず食べ終えると、読書の邪魔になると立ち去ろうとした恩人の名前も知らないことを思い出し、今更な自己紹介をしたあの日から、小野将宗と出会ったあの日から、一年と少しの時が経っていた。
そうか、小野と会ってから一年以上経っていたのか。
もう一年なのか、まだ一年なのか、判断しかねるなとあの日二人で来て以来常連となっている喫茶店で一人、コーヒーをすする。
一年も経てば、流石の僕にも数人の友人ができた。決して多くはない彼ら彼女らは、会えば挨拶を交わし話をするが、学外で会うことはそれほど多くない。
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