一章 望降ち

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 飲み会や学生らしい遊びに数えられる程度に誘ってはくれる。だが、僕が許容できる範囲を見極めてくれているようで不快な思いをした覚えはほとんどない。 本の虫だ変人だと揶揄されることもあるが、だからこそ議論が面白いと言ってくれる有難い存在だ。この距離感が、ちょうど良かった。  そんな、広くはないが充実した交友関係の中、小野は異彩を放つ存在だ。  学部は同じだが専攻の違う彼は何くれと僕を構う。食事や睡眠が疎かになっていると苦言を呈して世話を焼く。時には課題がわからない終わらないと泣きついて来ることもあった。かと思えば、何をするでもなく隣に来て時間を共有して去って行く。  会えば話す、という友人がほとんどの中、小野は僕を探して、見つけて、駆け寄って来る。言い方は悪いかもしれないが、犬に懐かれたような気分だった。懐かれているのだと、思っていた。  だが、実際は明確な好意を持っての行動だったらしい。  僕は日本文学を中心に様々な本を読む。文化としての男色の知識はあったし、偏見も嫌悪も抱いてはいないつもりだ。思想も恋愛も性癖も、内容は個人の自由である。  だが、知識はあってもまさか当事者になるとは思っていなかったので驚いた。自身がそういった目で見られることを想定して生きてこなかったので、どうしたらいいのかわからない。  性的マイノリティに偏見も嫌悪もなく、小野も無理に事を運ぼうとはしないから強く拒絶することも出来ずに、驚きと困惑が僕の中で渦巻いていた。  あの告白から一夜明けた今日、小野からの連絡はまだない。  すっかり冷めたコーヒーを胃に流し込んで席を立つ。すっかり顔なじみのマスターに声をかけ、会計を済ませると目の前に小さな紙袋を置かれた。  顔を上げてマスターをうかがう。 「持って行きなさい。腹が空いている時にあれこれ考えても、ろくなことにはなりません」  紙袋の中を覗くと、アルミホイルに包まれたまるっこい三角が三つ。コーヒー一杯でいつもの読書もせず居座っていたから、気を遣ってくれたのかもしれない。 「ありがとうございます」  口数の少ないマスターのありがたい言葉と、冷めても美味しい好物の焼きおにぎりを抱えて僕は家路についた。
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