一章 望降ち

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 風呂上がり、就寝までにもう少しレポートを進めておくかと資料を物色していると、呼び鈴が鳴った。来客の心当たりはあったので、確かめることもせずに鍵とドアを開ける。 「コンバンワ」  案の定、そこには小野の姿があった。まだ熱の残る頬に夜風が気持ちいいけれど、薄手の七分丈からのぞく彼の手は少し肌寒そうに見える。 「……こんばんは」 「今、誰が来たか確認しないで開けなかった?チェーンもかけろって言ってるのにまたしてなかっただろ……不用心だなぁ」 「大きなお世話だ。普段は忘れなければ確認もチェーンもしてる。女子じゃあるまいし呆れられる謂れはない」 「呆れてるんじゃなくて心配してんの!それに、草町はそこらの女子よりかわい」 「帰れ」 「ごめんなさい冗談です!もう少しお話させてください!」  余りにも小野が必死なので、閉めようとしたドアをもう一度開く。閉め出されなかったことに安心したような小野と目が合ったが、すぐに逸らされてしまった。  若干慌てた様に、がさごそと肩に提げたショルダーバックの中を漁り始める。いくらもしないうちに目当てのものを見つけて、小野は僕の目の前にソレを掲げた。 「コレ。百人一首買って来た。百枚あるから、一枚ずつ持ってくれば何日通ったかわかる、よね……?あれ、絵が描いてあるのとないのが」  先ほど買ってきましたと言わんばかりの新品の包装を解きながら、彼は首を傾げた。自分で買ったものが何なのかわかっていないらしい。 「百人一首のカルタだろう?それ。読み札と取り札だよ。下の句の文字しか書かれてない方が取り札。四月にデモンストレーションやっただろう」 「え、そうなの?あの時はiPodだったから……あとで調べよう。ん?てことは二百枚あるのか。えーと……どっちがいい?」 「……僕は取り札の方でいい。小野は読み札の方で百人一首覚えたらどうだ?」 「……うん、わかった」  数秒僕の顔を見た小野は、取り札の一番上の一枚を取って僕に差し出した。僕が受け取るのを見届けて、ほぅと息をつく。 「……よかった、受け取ってくれるんだ」  安心したような、申し訳無さそうな呟きだった。  受け取った一枚目に視線を固定したまま、僕は今日一日、本も読まずに考えていたことを思い返す。顔を見て話せる程自信を持てはしなかったけれど、それでも僕の今の正直な気持ちを伝えておくべきだと思った。
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