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何も知らない菜月はお菓子に手をつけながら話の続きを促す。その一口一口、運ばれる塩分が次は何時、喉の渇きを訴えてくれるかとそわそわしながら、学生時代の話を面白おかしく話した。高揚しているせいか気分がふわふわして、巧く呂律が回らない。おかしいなと思った時は既に遅く、私は重たくなってしまった頭を支えきれずにテーブルへと突っ伏す。
「あ、やっと効いた。モモちゃんてばお茶飲むスピード遅いから、はらはらしちゃった」
菜月がテーブルに顎を乗せ、同じ視線の高さでふふふと笑う。さっきまでと同じ顔で。
「氷の下に睡眠剤入ってたんだよ。苦めのお茶飲んでくれて助かっちゃった」
いたずらっ子のように笑いながら私の視界から消えると、暫くして私は上体を起こされた。顎の下に何か細長いものが触れる。
「モモちゃん知ってる? 【幸せ】の次には必ず【不幸】が来るんだよ? モモちゃんとお別れした時、私、気が付いたんだ。だったら【不幸】に追いつかれる前に、自分で作った【不幸】に遭おうって」
視界を動かせない私の背後で、菜月はとても嬉しそうに「経緯」を話す。大好きな男の子に告白されたから、可愛がっていた子猫を川に沈めたこと。ピアノの発表会で優勝したから、仲良しの子の家に火をつけたこと。結婚し妊娠したから、夫の母親を階段から突き落として殺したこと。そして――
「お腹の子、女の子なんだって。一人目は男の子だったから、次は女の子が欲しかったんだー。それで今、私すっごく幸せなの。だからね……」
椅子の背がぎしりときしみ、力なくもたれていた私の首が、強く背後に引き上げられる。喉が嫌な音を立てて気道が絞まる。
「……っだからぁ、私の大好きな幼馴染のモモちゃんを失う【不幸】を、私にちょうだい」
苦しい。苦しい。ああ、やはり私は【不幸】保持者なのだ。再会した幼馴染の【幸せ】のために命を搾取されるのだから。
意識が遠のく中、「悲しいなぁ、モモちゃんとお別れするの」という菜月の楽しげな声を聞いた――気がした。
支点にした椅子の背もたれについた擦り跡を気にしながら、菜月は絶命した私を覗き込む。
「モモちゃん、ありがとう。改めまして、乾杯!」
幸せそうにタンブラーをカチンと鳴らし、その中身を一気に流し込んだのを「私」が見ていた。
了
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