こけし

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 春香は両手指の隙間から見慣れた部屋を覗く。その指の格子に輝くリングは、敦が与えてくれたものだ。中学校の閉校記念に併せて同時開催された同窓会で再会した二人は、短い期間で親密な関係となった。  敦との関係は、加奈子にも清子にも秘密にしていた。それを半年ほど続け、昨年、漸く結婚に至ったのだ。  加奈子の驚きはものすごかったが、清子は一言「おめでとう」と言ってくれた。  まさか小学生の頃の片想い相手と結婚したからと言って、こんな遠まわしな嫌がらせはしないだろう。加奈子にそんな、ねちねちした仕返しができると――少なくとも春香には――思えなかった。  では偶然か。  こけしは安産祈願だから。  そうだ。加奈子は私のために買ってきてくれた。疑うなんておかしい。大体、「子消し」だから何だと言うのか。ただの当て字の言葉遊びみたいなものじゃないか。  これは沢山売っていたものの一つ。木で出来た民芸品。呪われたりはしないし、呪いなんて存在しない。  春香は必死で前向きに考える。 「子消しだかなんだか知らないけれど、ただの木で出来た民芸品じゃない。何を怖がることがあるの。大体――」  誰に言い訳をしているわけでもないのに、必死で喋り続ける春香の耳に、パサリという微かな音が響いた。  両手で顔を覆ったままの体勢で凍りつく。  今の音は?  顔を上げたいのに怖くて上げられない。  ただ、包装紙が落ちただけ。そう思っているのに、体が硬直したまま動かない。  かさり。 「……っ!」  今度は何の音?  確認したい。だけど顔を上げるのが怖い。見るのが怖い。  冷や汗だけが矢鱈に吹き出し、冷えて更なる怖気を発する。  カタカタと震える汗ばんだ両手に髪が絡んで、更に手を顔から離せない。
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