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それは小学六年生の夏休みの前日のことだった。
いつもより早い時間の下校途中、加奈子が「お題」を出してきた。
「今日のお題は……好きな人。これ、トップシークレットね。絶対三人だけの秘密!」
そう前置きして、加奈子は顔を真っ赤にしながら「ウチが好きなのは敦君」と、はにかんだ笑顔を見せたのだ。
それはお題ではなく、二人への牽制のようだと春香は思った。何故ならば、春香もまた、敦のことが好きだったからだ。
しかし、加奈子が何の疑いもなく、応援してくれるだろうと思っているのは見て取れた。そこに自分も好きだと言って波風を立てるのは、春香としても避けたい。何よりも加奈子という親友を失いたくはなかった。
「春香は?」
加奈子に追及されて、他の名前を挙げることも考えたが、加奈子が協力してあげるなどと言いかねないので、「今はいない」と答えるのが精一杯だった。
加奈子は不服そうな素振りを見せたが、すぐに引き下がる。その後ろで、清子がじっと春香を見ているのが分った。その顔から目を離せないでいると、その唇が小さく、そしてすばやく動いたのを春香は見逃さなかった。
嘘吐き。
声には出さず、だが、はっきりと清子はそう言った。
心臓が突然に騒ぎ出し、汗がじわりと浮かんだ。暑いはずなのに感じたことのない類の寒気を感じて、春香は清子から視線を外した。
清子は春香の想いをいつから知っていたのか。それを加奈子へと密告されるのではないかと思うと、温い汗がいやに冷たく感じた。
「キヨちゃんは?」
俯いてしまった春香の異変に全く気がつかず、加奈子は清子にも話を振った。何か追求されるのではないかと、春香は恐る恐る視線を上げる。清子はただ首を横に振っただけだった。
それは、春香へのサインなのか、加奈子への答えなのか理解しづらいものであったのだが、二人はお互いへ向けられたものと受け取った。
清子は訊かれなければ余計なことを言わない。15年前の夏の日。春香は同い年ながらも達観した清子に、畏敬に近いものを感じていた。それと同時に、いつまでも純粋な加奈子にも憧れていたのかもしれない。
だけど。
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