こけし

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 ごとり。 「ッッ!」  声にならない悲鳴を必死で飲み込む。それが食道を、胃を圧迫する。  苦しい。心臓が痛いほど激しく脈打つ。  ごとり。  もう一度聞こえた。  叫びだしたいのを必死で我慢する。  何か一言でも声を発したら、少しでも動いたら、アレに見つかる。  見つかったら――この子を取られる。  春香は本能的にそう思った。  そう思ってから、「アレ」とは何かと自分に問う。  アレって何だ。  ごとり。  アレって、つまり――  くしゃり。  そんな筈がない。だってアレは――  くしゃくしゃくしゃ。  アレは違う。違うのに。  くしゃり。  違うけど――ああ。包装紙の上を何かが歩いている。  ごとり。ごとり。  歩いているって――何が?  アレて何?  ねぇ、何?  キヨちゃん。教えて。  今、私の目の前に居るアレは一体何なの?  ごとり。  それは確かに春香の足元で鳴った。  もう駄目だ。見つかった。  何に?   「子消し」に。    音が止んだ。  目を閉じたまま気配を探る。だが何も分からない。  何も分からない事が怖かった。  恐怖に耐え切れなくなった春香は、俯いたまま目を開いた。  顔を覆った両手の指の隙間から、切れ長の瞳が春香を見ていた。  思い切り空気を吸い込んだ喉が、ひゅっと高い音を立てる。  弾かれたように玄関へと走り出す春香の足が、くしゃりと小さな音を立てたかと思うと、春香の視界はぐるりと半回転した。  ごつ。  重たい音が聞こえた。そう春香が認識した時、春香の視界は床の上にあった。  視界は真っ赤だった。  その赤い視界に何かがごろりと転がってきた。  その何かは、春香と視線を合わせると、小さな赤いおちょぼ口で嗤った。
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