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「じゃ、そろそろ行くね。これから他にも寄って、お土産置いてくるんだ」
時計を見ながら腰を浮かせた加奈子に、少し名残惜しいものを感じながら「またね」とだけ言って見送った。扉が閉まるのを見届けて、ふぅと息を吐く。
一人きりになった部屋に、ぽつんと残された土産物のこけしを振り返る。
「何でこけしなの……」
春香はぼんやりとこけしを眺める。そして、加奈子には言い出せなかった、ほんの少しの感情の揺れ。それは何とも形容し難い感情で、何処か嫌悪感に似ていた。
何故そんな風に思ったのかは分からない。けれど、春香はこけしに触れることができない。
(こけしって、縁起悪くなかったっけ?)
先程めぐりかけた思考が再び甦ってくる。
こけし。コケシ。子消し。
「子消し……」
春香は自分が言葉にした声にどきりとする。
こけしは、「子消し」。
遠い記憶の自分の声が、背後から聞こえた気がして振り向く。
誰もいないのは分かっている。それでも、振り向かずにはいられなかった。
何故自分はこんなことを思いついたのだろう。こけしについて、興味を持ったことなんてなかったのに。
(違う。思いついたんじゃなくて、誰かに聞いた?)
思い出そうと記憶の引き出しを開けていこうにも、何の手掛かりもない。途方に暮れて、インターネットで調べようかとパソコンに向かう。
(面倒だけど、気持ち悪いままは嫌だし……)
検索欄に「子消し」と打ち込んで、エンターキーを叩こうとしたその時。ふと、こういう事に詳しい友達の顔が浮かんだ。
「キヨちゃん……」
久しく会っていないけれど、学生時代は家が近かったことから加奈子と三人でよく遊んだ友達の一人だった。
(子消しって言ったのはキヨちゃんだったかも……)
こけし。
今度は違う声でそう呟くのが聴こえた――気がした。
春香はパソコンを閉じると、携帯端末に指を滑らせた。
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