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「こけしって、子供を消すって書いて『子消し』だって教えてくれたの、キヨちゃんだったよね」
「うん。多分そうじゃないかな。昔東北では飢饉があってさ、口減らしをしなくちゃならなくって、産んですぐの子供を捨てたり、殺したりしたの。紙を濡らして、顔にぺたりって貼り付けてさ。その子供の代わりにこけしを彫って家に置いたんだよ。死んだ子供が余りにも可哀想だから」
死んだ子供の代わり。
そうだ。清子は15年前もそう言った。あの日も夏だというのに、背筋が薄ら寒くなったのを覚えている。
春香は無意識に自分の腹を撫でた。ついこの間までは頻繁に暴れていた筈のわが子は、最近ではあまりお腹を蹴ってこない気がする。
「じゃあ、こけしって縁起悪いよね?」
「いや。そうでもないよ」
即答する清子の言葉に「え?」と間抜けな声で返す。
「だって、死んだ子供の代わりなんでしょ?」
「うーん……それがさ、こけしは縁起物で間違いはないんだよね。さっき言った『子消し』の云々ってのは、松永って人が最初に言ったものでさ、それ以前からこけしは存在するんだ。江戸時代だと『こふけし』って木地人形がこけしだって言われてる資料があるみたい。赤く塗って魔よけにしたり子供の玩具として存在したのがこけしなんだって」
因みに赤は疱瘡除けの色と清子が付け足したが、安堵した春香の耳には入ってこなかった。
「じゃあ、これ……本当に安産祈願でくれたんだ……」
「春香、こけし貰ったの?」
思わず呟いてしまったが、加奈子が安産祈願としてくれたものだと分かった今は隠すこともない。背けたこけしの頭を撫でる。もう怖くはなかった。
「うん。そうなの。でっかいこけしでさぁ、置き場に困っちゃうよね」
だから訊いたのかと笑い飛ばしてくれると思ったのに。春香の想像に反して、清子は電話の向こうで黙ったままだ。
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