こけし

7/13
前へ
/13ページ
次へ
「キヨちゃん?」 「春香。あんたさ、それ、子供を消す『子消し』だと思ってたんだよね?」  最初と同じくらい低い声。饒舌に喋っていた時とは別人のようだ。 「そうだけど……だって、それはキヨちゃんが言ったのを覚えていて……」 「声に出した?」 「え?」  しどろもどろな春香の言葉を強い口調で遮った清子は、もう一度「声に出した?」と訊いてきた。 「えっと……うん、多分。でもどうして? だって、こけしは」 「こけしを『子』を『消す』子消しと思って呟いたんでしょ?」  先程よりも更に低くて強い言葉に遮られ、不安が再び忍び寄ってくる。 「だったら何? こけしは縁起物なんでしょ?」  清子の強い口調に負けないように、春香も言葉尻を強く返した。電話先で清子が溜息をついたのが分かった。 「春香、憶えてないの? アタシ、あの時も言ったじゃない。口に出したなら、それはもう言霊って言って――」  聞きたくない。  清子が何を言おうとしているかは分からないけれど、絶対に不吉なことだと春香は察した。 「キヨちゃん、ありがと。もういいから!」  早口にそう言って、耳から電話を離す。だが、春香の耳には清子の声が流れ込んできた。 「それはもう――子消しだよ」    子消し。  縁起物のこけしではない。春香の知らぬ誰かが唱えた、間引きの子供の代わり。  子供を殺す親の―― 「私は違う!」  春香は清子の呪詛のような言葉を掻き消すように叫んだ。 「違う違う! 私は口減らしなんて関係ない! 加奈子のお土産は、私の安産祈願に買ってくれたこけしだもん!」  再度こけしを手にとって見る。  見た目よりずっしりとした重量感。まるで産まれたばかりの子供のような――  違う。違う。絶対に違う。  加奈子は清子のような意地悪はしない。だから、これは安産祈願のこけし。いつだって加奈子は私の味方。そう、春香はブツブツとまじないのように何度も繰り返した。  天然の加奈子とは違い、清子はいつも場の空気を読む。それなのに、妊娠中の人間にどうしてこんな意地悪を言うのか。分かっていても、言わなくたっていいじゃないかと春香は心中で毒づく。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

29人が本棚に入れています
本棚に追加